再現性がない。②


 

過去のブログの『再現性がない。』で、わたしのやっていることには、誰も真似が出来ないことを書いた。

 

では、何が、どんなところが、再現性がないのか。

 

それは、1つのカテゴリー(もしくはツール)に特化したものを提供する存在がほとんどの中、わたしは様々なカテゴリー(もしくはツール)を使う。

 

わたしのコンサルに、カリキュラムはない。

それは、人それぞれレベルもテンポも違う。経験も環境も違う。

それを、こちらの都合で、こちらのカリキュラムに押し込んだところで、そもそもが合わない。

だから、わたしはカリキュラムを作らずに、その人を視ながら瞬時に判断する。

 

さらには、

スピリチュアル系の活動は、そもそも再現性は低いと思う。(霊能力のレベルにもよるが。)

ただ、やっていることとして、

・メッセージを伝える

・除霊、浄霊、浄化などする

・問題を霊能力で解決する

というものが多いと思うが、わたしはこれでは不十分だと思っている。

 

なぜなら、その人(相談者)の覚悟が、ここにはない。霊能者の霊能力の方に目が行き、その人の人生のはずが、霊能者の人生にすり替えられている。

霊能者が霊能力を発揮することは、当たり前のこと。

それよりも難しいのは、人間が自分の人生に覚悟を持つということなのだ。

 

わたしは、メッセージも伝える。除霊や浄霊などもする。しかし、「霊能力で問題を解決する」ことは、しない。

アドバイスや選択肢は提示しても、問題を解決する主役は、当事者なのだ。

 

仮に、霊能力でその解決を解決したとする。

しかし、その人の人生はその後も続く。ということは、似たような問題も、その後も起こる。その度に、自分で解決せずに、霊能者を頼ることになる。それで、何の糧になるのか。何の成長ができるのか。

 

自分で解決できない問題を、「問題」と認識する。

自分で解決できる問題は、「問題」とは認識しないのだ。

 

ということは、今は、目の前の事を「問題」だと認識していても、解決した経験を持ち、解決できる術を得る事ができれば、次に同等な問題が起こっても、それを「問題」と大騒ぎする必要がなくなる。

 

その度に霊能者を頼ることが、解決策というなら、その霊能者がいなくなったら、また振り出しに戻ることになる。

 

この「振り出しに戻る」ことほど、時間を無駄にすることはないのだ。

そこに、気づかない。気づこうとしない。気づけない。

 

わたしは、ただ心の土台の話をするだけではない。そんなお花畑の話などは、大して意味もない。

 

その人が、今、何に困っているのか?その原因は?と掘り下げながら、その人ができることは何か?その人に必要な経験は何か?それを視ながら、提案する。

 

そして、常に、「伴走」している。

 

この「伴走」こそが、誰もができない、再現性のない一番の理由かもしれない。

 

コンサルの中では、部屋の片付けやインテリア、メイク、ファッション、ダイエット(考え方)、料理、家事など、本当に人生においてほとんどのことに網羅し、必要あれば提案する。

 

その人の経験、自信、トラウマ、コンプレックス、環境・・掘り下げれば、本当に1人1人違うのが当たり前なのだ。

 

カリキュラムがないため、期限もない。

すべては本人の覚悟次第。

 

わたしの霊能力次第ではないのだ。

(霊能者だって、なぜ人間に生まれたのか?そこに必ず理由がある。霊能力でどうこうするなら、何も人間じゃなくても良いし、人間じゃない方が、かなり都合が良い。)

 

 

この「伴走」が、

「いくちゃんは、寝るの?ご飯って食べるの?」

という疑問を、周りに生ませている原因の1つかもしれない。笑

 

何人もの伴走を同時にしながら、わたしの人間としての生活も同時進行している。

浄霊なども、いつも当たり前にしているが、それで特にどうこうもない。

 

基本的にはいつも笑っているので、何を考えているのかわからないのかもしれない。

その割には、(急に)的を射るようなことを言うので、周りは恐々するのかもしれない。

 

 

側から見たら、いとも簡単にやっているので、単にわたしを羨ましいと思ったり、わたしのようになりたいと思ったりする人は一定数存在している。

しかし、わたしは勧めない。

 

中には、実際に他人の人生に関わり、わたしのような振る舞う人もいるが、結果は100%心を病んでいる。まさに、ミイラ取りがミイラになるという状態。

 

なぜそうなるのか?

 

他人の人生に関わると、他人の人生を自分の人生かのようにすり替えてしまうからだ。

その人を思えば思うほど、「自分の考え」を押し付けてしまう。それが人間なのだ。それが人間の心なのだ。

 

つまり、他人のことばかり、理解してもうまくはいかない。自分のこと、自分の心を誰よりも理解しておかなければ、他人の人生に関わっても問題が大きくなるだけなのだ。

 

「あなたの事を思って言ってる!」

そんな思いなど、相手は求めていない。

 

わたしも、相手のことを思えば、「バカ」とは言わない。

相手のことを思って言うのではなく、わたしは、本当のことしか言わない。

 

わたしのコンサルに必要なのは、「愛」であり、「愛情」などの「情」は、大して必要ないのだ。