人間は、経験をすることで、成長し、自分の魂を磨いていく。
しかし、
経験を選択することも、人間の自由なのだ。
過去のブログ『孤独とは自由。』の中で紹介した、動画を観て、ヘアスタイリストのまつおさんから感想が来た。
まつおさんとは。
岐阜県在住のヘアスタイリスト。『ヘアサロンfate』のオーナー。
わたしが大学1年生の時に、先輩の紹介で彼女に担当してもらうようになる。それから25年の付き合い。
おそらく、彼女は、前世、わたしが長崎で花魁だった時代の髪結師で、わたしの担当だったと思う。(遊廓専属の髪結師)
今世の彼女は、生まれも育ちも岐阜県だが、彼女の親は長崎の出身。
また、とにかく、綺麗(豪華)な着物を見るのが好き。
自分が着たいとか、着付けしたいとか、そういうことではなく、ただ眺めていたいそう。それも、過去に遊廓の遊女が纏う豪華な着物を見ていたことの名残りだろう。
わたしは、彼女に降りてくる独創的なヘアスタイルの仕上がりが大好きで、独立後の今では予約の取れないヘアサロンへと成長している。
2023年、念願の大分での出張ヘアサロンを実現。
今年は、都合で実現できていないが、今後も定期的に出張ヘアサロンを開催して行きたいと思っている。
(まつおさん)
「動画を観て、いくちゃんが今まで話してくれたことと同じだな。と思った。
動画の話は、頭では理解できた。
だけど、自分の心の奥底までは、まだ落とし込めてない気がするんだよね。」
素直な感想だ。
わかったつもりになるのではなく、
〜自分のイメージするものが、果たして合致しているのか?〜
と、にわかに戸惑っているということだ。
きっと、それは、まつおさんだけではない。
わたしは、まつおさんの身近な事案を例にして、説明した。
すると彼女は、
「うん。それも、頭では理解できる。
だけど、実際に、自分にその経験はまだない。やっぱり経験がなければ、その域までイメージが到達することはないんだろうな。と、改めて感じた。
でも、それと同時に、
そこまでの(話し手のような)しんどい経験は、したくないな。と思うのも、事実。」
と、話してくれた。
確かにそうなのだ。
話し手の経験は、『普通』ではないのだ。
わたしからしたら、「わかる〜!」っていうくらいのノリで、当たり前にイメージできることで、普通のことなのだが、大半の人間にとれば、そうではない。
まつおさんも、茜のことは、最初から知っている。
わたしと茜のことも、ずっと見てきて理解もしている。
だけど、
『茜のように、いくちゃんと対峙することは、自分にはできないし、耐えられない。』
とも、思っている。それだけ、常に「自分だったら」と、茜を通して、自分とも向き合ってきたのだろう。
だからこそ、話し手のような経験は、「したくない」
と。
もちろん、目の前のことは、試練であり、
『乗り越えられない試練は、来ない。』のだ。
ラクをしたいとか、そんな浅はかなことではなく、
まだ、自分の目の前には来ていない試練だけれども、
『どう考えても自分には耐えられない』と、
まつおさんは判断したのだ。
(実際に、目の前に来た時は、捉え方が違う変わる場合もある。)
先日、もう5〜6年の付き合いになるお客様との会話の中で、
そのお客様は、他人の人生に関わっていくお仕事をされているが故に、
目の前の問題をどうすれば良いのか。
という話になった。
それは、まさしく、そのお客様がわたしで、相手の方が茜のような状態。
(わたしと茜ほどのレベルではないが)
相手の方は、小さい頃から、お客様が関わってきた人間。
相手の方が社会人となった今、様々な問題に直面していると知り、いささか落ち込んだという話から、
今は、相手の方が抱える問題(SOS)に、どう向き合うべきか。と考えていた。
お客様も、わたしと茜のことは知っていたし、こういったブログも、読んでくれているので、客観的にはわたしと茜がどういう時間を過ごしてきたのかは、理解している。
ただ、
わたしと茜が、3年間で30年の人生を振り返ることができたのは、異例中の異例で、わたしの気力・体力はもちろんだが、茜のバイタリティーが物凄かったという『条件が揃っていた』ことからこそ。
わたしと、あかりの場合では、
あかりの3歳から18歳までの15年の時間を、今度は、あかりが18歳から33歳までの15年かけて、ゆっくり振り返っていったのも、事実だ。
どれだけ、軌道修正しても、本人に心底覚悟がないと、すぐにブレる。
それが人間で、そういうものなのだ。
ブレる度に、こちら側は、おんなじことを繰り返し手を焼く。
それが面倒だから、「ブレないでほしい」と願うのだが、それはこちら側の都合が悪いだけで、
本人は、本人で、本人なりに必死なのだ。
必死だからこそ、見失う。
必死だからこそ、怖い。
必死だからこそ、ヤケになる。
その結果、何度も何度もブレるだけのこと。
『人間の心は、簡単ではない。』
ということを、きちんと知っていれば、
「ブレる奴は愚かだ」
と簡単には断定できないものなのだ。
とはいえ、面倒くさい。笑
金にもならん。笑
しかし。
金でも解決できないものに、取り組めていることは、稀なことで、それこそ自分の人生を振り返ったときに、かなり面白かったと思えるのではないだろうか。
誰にでもできないこと。
そこに選ばれているということは、名誉なことではないか。
そのお客様の場合は、
目の前に、実際に、その問題が来ている。
その経験をする人間だと、招待状が来ているようなもの。
乗り越えられるから、その招待状が目の前にある。
わたしの経験が、参考になるかもしれない。
わからないときは、尋ねてほしい。
ぜひ、拒否することなく、招待状を受け取り続けてほしい。
しかし、
経験を選択することも、人間の自由なのだ。
過去のブログ『孤独とは自由。』の中で紹介した、動画を観て、ヘアスタイリストのまつおさんから感想が来た。
まつおさんとは。
岐阜県在住のヘアスタイリスト。『ヘアサロンfate』のオーナー。
わたしが大学1年生の時に、先輩の紹介で彼女に担当してもらうようになる。それから25年の付き合い。
おそらく、彼女は、前世、わたしが長崎で花魁だった時代の髪結師で、わたしの担当だったと思う。(遊廓専属の髪結師)
今世の彼女は、生まれも育ちも岐阜県だが、彼女の親は長崎の出身。
また、とにかく、綺麗(豪華)な着物を見るのが好き。
自分が着たいとか、着付けしたいとか、そういうことではなく、ただ眺めていたいそう。それも、過去に遊廓の遊女が纏う豪華な着物を見ていたことの名残りだろう。
わたしは、彼女に降りてくる独創的なヘアスタイルの仕上がりが大好きで、独立後の今では予約の取れないヘアサロンへと成長している。
2023年、念願の大分での出張ヘアサロンを実現。
今年は、都合で実現できていないが、今後も定期的に出張ヘアサロンを開催して行きたいと思っている。
(まつおさん)
「動画を観て、いくちゃんが今まで話してくれたことと同じだな。と思った。
動画の話は、頭では理解できた。
だけど、自分の心の奥底までは、まだ落とし込めてない気がするんだよね。」
素直な感想だ。
わかったつもりになるのではなく、
〜自分のイメージするものが、果たして合致しているのか?〜
と、にわかに戸惑っているということだ。
きっと、それは、まつおさんだけではない。
わたしは、まつおさんの身近な事案を例にして、説明した。
すると彼女は、
「うん。それも、頭では理解できる。
だけど、実際に、自分にその経験はまだない。やっぱり経験がなければ、その域までイメージが到達することはないんだろうな。と、改めて感じた。
でも、それと同時に、
そこまでの(話し手のような)しんどい経験は、したくないな。と思うのも、事実。」
と、話してくれた。
確かにそうなのだ。
話し手の経験は、『普通』ではないのだ。
わたしからしたら、「わかる〜!」っていうくらいのノリで、当たり前にイメージできることで、普通のことなのだが、大半の人間にとれば、そうではない。
まつおさんも、茜のことは、最初から知っている。
わたしと茜のことも、ずっと見てきて理解もしている。
だけど、
『茜のように、いくちゃんと対峙することは、自分にはできないし、耐えられない。』
とも、思っている。それだけ、常に「自分だったら」と、茜を通して、自分とも向き合ってきたのだろう。
だからこそ、話し手のような経験は、「したくない」
と。
もちろん、目の前のことは、試練であり、
『乗り越えられない試練は、来ない。』のだ。
ラクをしたいとか、そんな浅はかなことではなく、
まだ、自分の目の前には来ていない試練だけれども、
『どう考えても自分には耐えられない』と、
まつおさんは判断したのだ。
(実際に、目の前に来た時は、捉え方が違う変わる場合もある。)
先日、もう5〜6年の付き合いになるお客様との会話の中で、
そのお客様は、他人の人生に関わっていくお仕事をされているが故に、
目の前の問題をどうすれば良いのか。
という話になった。
それは、まさしく、そのお客様がわたしで、相手の方が茜のような状態。
(わたしと茜ほどのレベルではないが)
相手の方は、小さい頃から、お客様が関わってきた人間。
相手の方が社会人となった今、様々な問題に直面していると知り、いささか落ち込んだという話から、
今は、相手の方が抱える問題(SOS)に、どう向き合うべきか。と考えていた。
お客様も、わたしと茜のことは知っていたし、こういったブログも、読んでくれているので、客観的にはわたしと茜がどういう時間を過ごしてきたのかは、理解している。
ただ、
わたしと茜が、3年間で30年の人生を振り返ることができたのは、異例中の異例で、わたしの気力・体力はもちろんだが、茜のバイタリティーが物凄かったという『条件が揃っていた』ことからこそ。
わたしと、あかりの場合では、
あかりの3歳から18歳までの15年の時間を、今度は、あかりが18歳から33歳までの15年かけて、ゆっくり振り返っていったのも、事実だ。
どれだけ、軌道修正しても、本人に心底覚悟がないと、すぐにブレる。
それが人間で、そういうものなのだ。
ブレる度に、こちら側は、おんなじことを繰り返し手を焼く。
それが面倒だから、「ブレないでほしい」と願うのだが、それはこちら側の都合が悪いだけで、
本人は、本人で、本人なりに必死なのだ。
必死だからこそ、見失う。
必死だからこそ、怖い。
必死だからこそ、ヤケになる。
その結果、何度も何度もブレるだけのこと。
『人間の心は、簡単ではない。』
ということを、きちんと知っていれば、
「ブレる奴は愚かだ」
と簡単には断定できないものなのだ。
とはいえ、面倒くさい。笑
金にもならん。笑
しかし。
金でも解決できないものに、取り組めていることは、稀なことで、それこそ自分の人生を振り返ったときに、かなり面白かったと思えるのではないだろうか。
誰にでもできないこと。
そこに選ばれているということは、名誉なことではないか。
そのお客様の場合は、
目の前に、実際に、その問題が来ている。
その経験をする人間だと、招待状が来ているようなもの。
乗り越えられるから、その招待状が目の前にある。
わたしの経験が、参考になるかもしれない。
わからないときは、尋ねてほしい。
ぜひ、拒否することなく、招待状を受け取り続けてほしい。