当たり前だが、
人間は、99%『人間関係』で悩んでいる。
子育ても、夫婦も、家族も、ママ友も、職場も、親戚付き合いも、全て『人間関係』だ。
人間関係の悩みの原因を作り出しているのは、大きく2つある。それが、
①自分の思考の癖
②経験の乏しさ
だと感じるている。
まず、①自分の思考の癖 だか、
どういうことかというと、大半の人間は、現実と妄想がごちゃ混ぜになっているのだ。
「そんなことない!」と思う方もいるかもしれないが、まぁ聞いて欲しい。
大半の人間は、常に、
「疲れた」「しんどい」
と思っている。
果たして本当にそうなのか?
これは、幾重塾をスタートさせて、すぐに全員に当てはまった話なのだが、
仕事が「しんどい」と言うが、
「仕事の何が、しんどいのか?」
と改めて聞かれると、みんな堂々と理由を言えない。
話を聞くと、フィジカル的に「しんどい」ということがわかる。
では、メンタルはどうなのか?
すると、意外な展開にたどり着いた。
大半の人間は、
フィジカル的に「疲れた」と、脳が認識したときに、
脳は自動的に、メンタルも「疲れた」「しんどい」と認識することがわかった。
ここで、注目するべきは、『自動的に』ということだ。
※自動的に=無意識のうちに
自動的に脳が、メンタルも「疲れた」と認識するので、この時点で勝手にメンタルも疲れたことになる。
そうすると、自動的に脳が「ラクしたい」「サボりたい」と考えだす。(無意識のうちに。)
そうなると、今度は、自動的に、目で周りの人間の動きをチェックして、自分がラクにならないような動きを確認すると、その瞬間、自動的に脳がイライラしだす。
そして、自動的に、不機嫌を撒き散らし、周りが自分に気を遣うようにしむける。
それでも、自動的にイライラした脳は、自動的にはおさまらず、数時間その状態が続く。
周りの人間は、気を遣った行動に変わっているのだが、脳のイライラがそのままなので、周りの行動の変化を認識できない。
そして、
ようやく、時間とともに、イライラは自動的におさまってくるのだが、今度は、そのイライラが原因で神経が休まっていないので、休めたという認識はできない。
そのため、事実は、自分のイライラでメンタルが疲れて「しんどい」のだが、全て自動的に起こっていることなので、
本人の認識は、
「仕事が、しんどい。」
ということになっているということなのだ。
そもそもの脳の思考の癖として、
フィジカル的に、キャパいっぱいに行動できたことは、
↓
「疲れた」こと、「しんどい」ことだと自動的に、脳が認識する癖になっている。
これが当たり前だと思い込んでいる人間が、大半いるということが、衝撃だった。
成長する人間は、
フィジカル的に、キャパいっぱいに行動できたことは、
↓
「自分にもできた!」「やったー!」という「達成感」を認識している。
なので、フィジカル的に疲れていても、メンタル的には満足しているのだ。
つまり、フィジカルとメンタルは「別」だと、しっかりと脳が認識できている状態。
↑↑↑
こういう思考が存在することを知らないまま、人生を送っている人が、実際にいるのだ。
(そのことに驚いている方も、たくさんいるだろう。)
隣で、同じ景色を見ても、同じ経験をしても、
思考の癖がどうなのかで、成果はまるで違う。
上に行く者。停滞する者。
そこには、思考の癖が、奥深く関わっているのだと気づいてもらいたい。
前者の、自動的に脳が認識する状態は、
もはや、脳に自分が使われている状態。
(自分が脳を使っているのではない。)
フィジカルのしんどさ=事実
自動的に思い込んでるメンタルのしんどさ=妄想
の領域が、はっきりされておらず、ごちゃ混ぜになった状態。
それを、全て事実だと疑うことなく認識しているのだ。
それはまるで、AIに支配されたような状態に近いと感じる。
AIの進歩が人間を支配する。というよりも、すでに、大半の人間が、自分自身に支配されて、認識のエラーに気づかずに生活しているのだ。
この話を、塾生にすると、
(もっと具体的な例を取り上げて話す。)
ほとんどの人が、
今の今まで、「自分はしんどい」と思い込んでいたのが、ふっと心が軽くなり、心に余裕が出てきたと話す。
どれだけ、自分の思考の癖に、支配されているのかがわかる。
しかし、
これに自分1人で気づくのは、至難の業なのだろう。
だから、
何十年も、そのままで人生を送ってきたのだろうから。
幾重塾に入塾して、わたしに指摘されて初めて、気づいたのだから、入塾した意味は、存分にあったのかもしれない。
②経験の乏しさ
は、次回のプロで話そうと思う。
(幾重塾は、通常のメニューではなく、ホームページには存在しません。
入塾(有料)希望を直感で感じた方のみ、お問い合わせください。)
人間は、99%『人間関係』で悩んでいる。
子育ても、夫婦も、家族も、ママ友も、職場も、親戚付き合いも、全て『人間関係』だ。
人間関係の悩みの原因を作り出しているのは、大きく2つある。それが、
①自分の思考の癖
②経験の乏しさ
だと感じるている。
まず、①自分の思考の癖 だか、
どういうことかというと、大半の人間は、現実と妄想がごちゃ混ぜになっているのだ。
「そんなことない!」と思う方もいるかもしれないが、まぁ聞いて欲しい。
大半の人間は、常に、
「疲れた」「しんどい」
と思っている。
果たして本当にそうなのか?
これは、幾重塾をスタートさせて、すぐに全員に当てはまった話なのだが、
仕事が「しんどい」と言うが、
「仕事の何が、しんどいのか?」
と改めて聞かれると、みんな堂々と理由を言えない。
話を聞くと、フィジカル的に「しんどい」ということがわかる。
では、メンタルはどうなのか?
すると、意外な展開にたどり着いた。
大半の人間は、
フィジカル的に「疲れた」と、脳が認識したときに、
脳は自動的に、メンタルも「疲れた」「しんどい」と認識することがわかった。
ここで、注目するべきは、『自動的に』ということだ。
※自動的に=無意識のうちに
自動的に脳が、メンタルも「疲れた」と認識するので、この時点で勝手にメンタルも疲れたことになる。
そうすると、自動的に脳が「ラクしたい」「サボりたい」と考えだす。(無意識のうちに。)
そうなると、今度は、自動的に、目で周りの人間の動きをチェックして、自分がラクにならないような動きを確認すると、その瞬間、自動的に脳がイライラしだす。
そして、自動的に、不機嫌を撒き散らし、周りが自分に気を遣うようにしむける。
それでも、自動的にイライラした脳は、自動的にはおさまらず、数時間その状態が続く。
周りの人間は、気を遣った行動に変わっているのだが、脳のイライラがそのままなので、周りの行動の変化を認識できない。
そして、
ようやく、時間とともに、イライラは自動的におさまってくるのだが、今度は、そのイライラが原因で神経が休まっていないので、休めたという認識はできない。
そのため、事実は、自分のイライラでメンタルが疲れて「しんどい」のだが、全て自動的に起こっていることなので、
本人の認識は、
「仕事が、しんどい。」
ということになっているということなのだ。
そもそもの脳の思考の癖として、
フィジカル的に、キャパいっぱいに行動できたことは、
↓
「疲れた」こと、「しんどい」ことだと自動的に、脳が認識する癖になっている。
これが当たり前だと思い込んでいる人間が、大半いるということが、衝撃だった。
成長する人間は、
フィジカル的に、キャパいっぱいに行動できたことは、
↓
「自分にもできた!」「やったー!」という「達成感」を認識している。
なので、フィジカル的に疲れていても、メンタル的には満足しているのだ。
つまり、フィジカルとメンタルは「別」だと、しっかりと脳が認識できている状態。
↑↑↑
こういう思考が存在することを知らないまま、人生を送っている人が、実際にいるのだ。
(そのことに驚いている方も、たくさんいるだろう。)
隣で、同じ景色を見ても、同じ経験をしても、
思考の癖がどうなのかで、成果はまるで違う。
上に行く者。停滞する者。
そこには、思考の癖が、奥深く関わっているのだと気づいてもらいたい。
前者の、自動的に脳が認識する状態は、
もはや、脳に自分が使われている状態。
(自分が脳を使っているのではない。)
フィジカルのしんどさ=事実
自動的に思い込んでるメンタルのしんどさ=妄想
の領域が、はっきりされておらず、ごちゃ混ぜになった状態。
それを、全て事実だと疑うことなく認識しているのだ。
それはまるで、AIに支配されたような状態に近いと感じる。
AIの進歩が人間を支配する。というよりも、すでに、大半の人間が、自分自身に支配されて、認識のエラーに気づかずに生活しているのだ。
この話を、塾生にすると、
(もっと具体的な例を取り上げて話す。)
ほとんどの人が、
今の今まで、「自分はしんどい」と思い込んでいたのが、ふっと心が軽くなり、心に余裕が出てきたと話す。
どれだけ、自分の思考の癖に、支配されているのかがわかる。
しかし、
これに自分1人で気づくのは、至難の業なのだろう。
だから、
何十年も、そのままで人生を送ってきたのだろうから。
幾重塾に入塾して、わたしに指摘されて初めて、気づいたのだから、入塾した意味は、存分にあったのかもしれない。
②経験の乏しさ
は、次回のプロで話そうと思う。
(幾重塾は、通常のメニューではなく、ホームページには存在しません。
入塾(有料)希望を直感で感じた方のみ、お問い合わせください。)