カラダと心の変化。


わたしは、40代になるのが、楽しみで待ち遠しくて仕方なかった。

19歳から、他人の人生に関わりながら、心のコンサルを実践してきたが、30代までは、『若造が!』ということで、耳を傾けてもらえないこともあったし、わたし自身も、それを察知して、オブラートに包んで伝えることも多くあった。

ガツンと伝えたところで、無駄な誤解を招く方が、相手にとって時間の無駄。
なので、わたしは、じっと、その時が来るのを待っていた。


40歳になったときは、本当に嬉しかった。
自然と、わたしの言葉を真剣に耳を傾けてくる方も増えた。
(人間界では、生まれてから、20年(20歳)ごとに、置かれるステージが変わるのかもしれない。)


もし、茜がわたしの元に現れるのが、10年早かったら?
わたしは、茜のコンサルができただろうか?
10年早かったとしたら、茜も同様にその分、若い。
その時の茜は、わたしの言葉を聞き入れることができただろうか?
・・
100%できなかった。成立していなかった。

そう考えれば、すべてにおいて、必然な出会いだったのだろうと思う。


40代も半ばになると、ホルモンバランスが変わってくる。
とはいえ、女性のカラダは、10代からホルモンバランスの変化と、毎日付き合いながら生きている。

妊娠や出産は、命と引き換えになるほどの、ホルモンバランスの乱れと付き合いながら、なんとか生きているというのが、事実だと思う。
それでも、生まれてきた命を守るために、休む暇もなく生活するのだから、

神という存在は、女性を優位につくったのだろうと、わたしは感じている。
(胎児をみていても、まずは女性の体になってから、そのあとのホルモンバランスと細胞分裂で、男性の体に変化するので、女性と男性は、同じ人間ではあるが、同じ扱いにはならないのも、当然だろう。)


つまり、
神は、女性に人生において、数えきれないほどの、精神的な成長を促しているのだと、わたしは思う。


人間界では、更年期と呼ばれる時期があるが、これもまた、ホルモンバランスの乱れで、時には命をも落としてしまうほど。


体調の変化。
カラダの変化。
心の変化。

今までできていたことが、スムーズにできなくなったり、今まで楽しかったことが、急に楽しめなくなったり、カラダのいろんな部分の痛みを感じることが増えたり、見た目もずいぶん変化したり。


これを、「老化」という言葉で片付けてしまうのは、わたしは違和感を感じる。


わたしは、これを「成長」だと感じるのだ。

今までできていたことが、できなくなったという、事実はある。一見、衰退にも思うだろう。

しかし、わたしには、

『今までは、何も考えずに当たり前にできていた時期なだけ。当たり前だったのが、困難になったからこそ、これまでの経験と知恵を生かして、乗り越える、次のステージ(難易度アップ)に進んだ証。』

と、思えてならないのだ。


今までできていたことが「すべて」だと勘違いしているなら、絶望しかないだろう。

できていたことも、自分の人生を彩るツール。
ならば、そのツールが欠ければ、人生の彩りもあせてしまうのか?
そんな、しょうもない人生を歩んできたわけじゃないだろう?

そこの部品がなくなったら、別のもので、埋め合わせできるのが、熟練の技というもの。

人生もおなじことなのだ。


人生の折り返し地点。
自分の人生を、熟練の技で、さらに彩ることもできるように、できている。